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「実録、ウチの子は俺そっくり!?」のカテゴリ「未来のまる子へ」に投稿されたすべてのエントリのアーカイブのページが、新しい順番に並んでいます。
1つ前のカテゴリーは、日々のダイアリー です。 次のカテゴリーは、毎日のメッセージ です。

2013年03月19日

卒園式

Graduate2_250.jpg

今日はまる子の卒園式でした。
2年間お世話になりました。
無事に小学校に上がれます。

Graduate1_250.jpg


卒園のメッセージに担任の先生がイラストを書いてくれたり、
学区が違って小学校が別々になる友達からプレゼントもらったり、
幼稚園の役員をしている私の恩師が式に列席されていたのですが、
娘にお祝いのプレゼントをくださいました。

先生との別れに大泣きしているのは、ウチのまる子だけ・・

Graduate3_250.jpg

外に出るとケロッとして、友達と駆け回っている辺り、
やっぱり子どもだなと・・

とにかく無事に終了した卒園式でした。


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投稿者: ラファエル 日時: 2013年03月19日 22:00 |

2012年03月11日

東日本大震災から1年

東日本大震災が発生してちょうど一年、
多くの場所で追悼式が行われているようで。

日本という国がこれからどうなるか、どうすべきか・・

どのような動乱も「伝統」を崩すことは出来ない。
私たちには古くより繋がれている伝統があります。
だからどんな苦難が起っても立ち上がれるのです。
伝統には再生するチカラ、息を吹き返すパワーがあるんです。

そのために、私たちができること・・

関東大震災や第二次世界大戦の大空襲、
阪神淡路大震災に東日本大震災、
どれも悲惨な出来事ですが、事実です。
誰かが語り継がなければいけないことだと思います。

あなたは誰に何を語り継ぐことができますか?

私はまず、まる子へこの記録を残していこうと思います。


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投稿者: ラファエル 日時: 2012年03月11日 13:06 |

2012年02月11日

神様への手紙

letter20120211.jpg

昨日、まる子が会うことの無かった祖父の命日。

5歳になって「死」に対する考えが生まれてきて、
神様宛に手紙を書いていました。

夕陽の向こうに天国と地獄があって、それを神様が決めていると・・
西方浄土の思想を何となく感じでいるのでしょうか?

「かみさまへ 
 まるこのかぞくわ
 じごくじゃなくて てんごくにいくように
 おねがいします」


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投稿者: ラファエル 日時: 2012年02月11日 14:03 |

2011年12月25日

まる子の地震の記憶

TBSテレビの震災の記録番組を見ていた娘が、
あの震災の時、保育園での状況を細々と語りだした。
今まで聞いたことの無かった話を。

先生がどんな言葉を発し、自分や友だちがどういう行動をとったのか、
やはり記憶に刻まれているらしい。
娘の為にその話を記録しておいてあげようと思う。


あの日、まる子は・・
昼寝の時間が終わり、おやつの準備の為、
トイレに行き手を洗い終わった頃でした。すると・・

サナちゃんが「地震じやない?」ってっ言って
「そうかな?」って思ってたら大きく揺れて来たの。

先生が「みんな地震ですよ!!」って、
サナちゃんとユナちゃんと一緒にテーブルの下に入ったら、
テーブルがあっちこっちに動いちゃって大変だったよ。

それから外へ出て、みんなで一カ所に集まって、地震が終わるまで待ってた。
先生が「お母さんが来たら抱っこしてもらってね」って言ってた。
怖かった・・・


この後、私が父兄としては最初に園に踏み入ったのでした。
  ↓
「まる子を迎えに保育園へ」


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投稿者: ラファエル 日時: 2011年12月25日 21:12 |

2011年08月21日

自転車に乗って

数日前の記録的暑さはどこへ?

部屋の中で35度ありましたからね・・

なのに、今はスッカリ秋の気配です。少し寒い・・

さて、遅まきの誕生日祝いとして、おじいちゃん、おばあちゃんに

自転車を買ってもらった、まる子。

前から欲しくて欲しくてしかたがなかった自転車。

それもピンクの自転車。

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最初は一輪車買ってもらうつもりだったらしいんですけど、

話は飛躍して、結局自転車になったらしい。

私が初めて自転車を買ってもらったのは小学校1年生の夏、

まる子は私より2年も早い。

ただ、あいにくの天気で、未だ外を走れません。

この日の嬉しさを忘れないようにね。

・・・


1968bysecle.jpg

やっと見つけた40年以上も前の写真。

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投稿者: ラファエル 日時: 2011年08月21日 10:42 |

2011年07月26日

安かろう悪かろう

地震で破損した屋根の修復に使った土嚢の袋がボロボロになっているようなので、
新しい袋で補修しようと思い、ホームセンターに買いに行ったら、
店員の人が、

「外国製のものはすぐボロボロになってしまいますよ、
国産のは高いけど丈夫です・・」
そんなもんなのかと、価格が4倍する国産のモノを購入しました。

屋根にのぼってみると、
4ヶ月前作った土嚢の、国産の袋は問題ないのですが、
格安で購入した外国産の袋だけは、もののみごとにボロボロになっていました。


なるほど、こういうことかと・・

安かろう悪かろうの典型ですね。
こういうところはケチってはいけないという教訓(苦笑)

まる子、覚えといてネ。


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投稿者: ラファエル 日時: 2011年07月26日 17:36 |

2011年04月15日

幼稚園もいよいよ本格的スタート

14日から、まる子の幼稚園もいよいよ本格的スタートになります。
今までは慣らしということもあって、9時から11時までだったんですけど、
この日から、給食の開始と、
ウチは夕方5時までのあずかり保育になりました。

これまで保育園で多くの友だちと、比較的長い時間過ごしていたことに慣れていて
この短い時間と、まだ慣れていない友だちに、
触れ合いたいけど、触れ合えないジレンマのようなものを感じているらしく、
少しストレスが溜まっているようでした。

それが今日、一気に解消されたようです。
相当に疲れたらしく、戻って来るなり、寝てしまいました。
先生に聞くところによると、
2時にかえって行った通常保育の子どもたちも、
送りのバスの中で爆睡だそうです。

新しい環境で、知らない友だちと集団生活、それは疲れますよね。
さすがのウチのまる子もダウンです。
でもとても楽しそうに話をしてくれました。

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さて、私はと言うと、
会社のスタッフに協力してもらって、
壊れた屋根の補修を再度行いました。
大きな余震が起こらないように願いながら・・・


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投稿者: ラファエル 日時: 2011年04月15日 10:35 |

2011年04月12日

大きな余震が続く

東日本大震災の発生から1ヶ月、
昨日夕方には余震で震度6弱。

今朝も震度5と、相変わらず揺れが続いています。
震度3程度も含めると、10分20分置きに発生します。


3.11の震災後、しばらくは余震も少なくなり、
娘もあまり気にならなくなってましたが、
最近の頻度に、恐怖心が増しているように感じます。

今日も幼稚園にいる間、震度3クラスの地震に
慌ててテーブルに顔をぶつけてしまったようです。
赤く腫れている。

先日も食事中に、慌ててテーブルへ潜ろうとして、
味噌汁をこぼしてしまいました。

慌てるなという方が無理なのかもしれませんが・・

だから、家の中にいる時に地震が起こった時は、
「大丈夫だよ!!」と、笑って抱きしめてあげよう。

そのぐらいの余裕が、大人になければね。

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投稿者: ラファエル 日時: 2011年04月12日 13:29 |

2011年04月11日

登園初日、そして3.11から一ヶ月

今日から幼稚園も本番、
第一日目は朝9時から11時までですが、初登園。

保育園時代と同じように元気よく出かけました。

2011.0411.jpg


入園式の時に、私の親友のお子さんと会わせているので、
「◯◯ちゃんと会えるから・・」と全く一人という意識がないので、
それも元気になっている要因のようです。

ただ、実際はかなり疲れているらしく、
いつもより2時間近く前に眠くなっています。

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それにしても、
今日も震度6弱の余震が続いています。
3.11から一ヶ月、
余震の度に慌ててテーブルの下に潜り込む娘。

私でさえ、地震酔いかと思うぐらい、常に揺れている感覚があります。
頻繁に起る地震に、慣れるどころか
益々恐怖心が募るのは、大人も子どもも同じですね。

まだまだ復興にはほど遠い・・感じ。

投稿者: ラファエル 日時: 2011年04月11日 20:55 |

2011年04月09日

集合写真

今の幼稚園は、入園記念の集合写真を
保護者も入れて撮影するんですね・・・
その日は、風速20m以上の台風並の風が吹いていたので、
屋内での撮影でした。
その様子を、まる子が絵にしています。


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投稿者: ラファエル 日時: 2011年04月09日 23:15 |

2011年04月08日

幼稚園生活のスタート

まる子も本日、無事に幼稚園入園できました。
ウチの子は先日まで保育園に通っていましたから、
大勢の子どもが集まっていても、なんてことない感じです。

今回の同級生の中に、私の親友の娘さんもいるので、
さっそく引き合わせて、お友達になってもらいました。


2011.04.08.jpg
右がウチのまる子、親友の娘Yちゃん。

これからみんな仲良く勉強に運動に遊びに、
励んで行ってもらいたいものです。

ちなみに、園長先生は、隣接する小学校の校長先生が兼務なんですが、
友人たちから聞いた話ですと、私が中学時代にお世話になった先生なんだそうです。

なんだそうです・・というのも、当時の面影が全く無く、
同一人物とは思えない。

会ったら「お久しぶりです」と軽く挨拶しようと思っていたのですが、
気後れしてしまいました。あまりに昔と違うので・・
ホントにあの時のS先生なのか?


とにかく、まる子の幼稚園生活の、はじまり、はじまり・・


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投稿者: ラファエル 日時: 2011年04月08日 14:19 |

2011年04月03日

語り継ぐこと

まる子へ・・

お父さんのおばあちゃん、
まる子にとって曾ばあちゃんになる人ですけど、

お父さんは、おばあちゃんから関東大震災(1923年)の話をいつも聞いていました。
東京で被災したおばあちゃんは、それ以来、地震が大嫌いだった。

また、お父さんのお母さん(まる子のおばあちゃん)からは、
第二次世界大戦の大空襲について、何度も話を聞いています。
8才ぐらいのとき、妹を背負って空襲から逃げ回ったこととか、
名古屋の家の付近に焼夷弾を落とされて、隣の知人が死んでしまったこととか・・・

どれも悲惨な出来事ですが、事実です。
誰かが語り継がなければいけないことだと思います。


今回の東日本大震災も、たぶん、
歴史を大きく変えることになる出来事だと思うので、
良い意味で、多くの人が語り継いでいくことが大切だと思っています。

大きな被害は、かならずそこから新しい何かを生んで行きます。
まだまだ現実は厳しさがあるけど、
それを期待しながら、まる子と一緒に、
元気に暮らして行こうと思っています。

今回は、まる子の笑顔に、
お父さんもお母さんも、とても助けられました。
ありがとう。

まる子が、いつか大きくなって、これを読んでくれて、
その時、何か感じたことがあったなら、
お話ししましょうね。
それまで、多くは語らないかもしれないから・・・

地震発生から3週間が経った4月3日、
被災者の支援も、被災地の復興も、福島原発の処理も、
未だ何の解決もされていない今ですけど・・・


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希望を持って歩いて行こうね。

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投稿者: ラファエル 日時: 2011年04月03日 15:20 |

2011年04月02日

液状化現象も怖い・・

まる子へ・・


液状化現象って聞いたことある?

大きな地震が起こって、地面に地下から水が吹き上げて来たり、
ドロドロになって地面が大きく崩れたりして大きな被害になります。

道路が泥沼になったり、段差ができたり、
家が傾いたり、電柱が地面に沈んだり倒れたり、
地下に埋め込んであった上下水道管が破損したり。

東日本大震災では、茨城や千葉、埼玉と、いたるところでこの現象が起こり、
まる子もよく知っている「日の出地区」も大被害に遭いました。

nikkei_itako.jpg
画像出典/日経ホームビルダー

東北地方の震災や津波の被害を報道するかたわらで、
数日後には日の出地区の被害の様子が
ニュースとして取り上げられていました。

そういえば上空をヘリコプターが飛んでたね。

今、3週間が立ちましたが、依然ライフラインは寸断されたままで、
学校に避難している人達も大勢います。
市の広報では復旧するのは5月以降だろうとされています。

でもライフラインが復旧しても、傾いた家を直すのは尋常ではないでしょう。

もともと液状化は心配されていた地区だっただけに、
行政はキッチリ対処してくれるんだろうか・・・

地盤って重要だよね・・


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投稿者: ラファエル 日時: 2011年04月02日 18:17 |

2011年04月01日

それって必要ですか?


まる子へ・・


話は東日本大震災に戻しましょう。

停電、断水、屋根の崩壊と、困ったことはたくさんありましたけど、
欲しいものが手に入らないという状態にもなりました。

水が無い、米が無い、パンが無い、乾電池が無い、ガソリンが無い・・

営業出来ない店もあったし、営業しているスーパーでも入場制限があったり、
品物が入って来ないとか、大量に購入している人もいたりで、
結果的に、店に何も無くなってしまった・・・

ガソリンなんかは、道路に長蛇の列で、
入れるのに5時間待ちというところもあったそうな・・

この辺は、落ち着くまで1週間ぐらいかかったかな・・
一方で都会は大変みたい、未だに商品が無いって・・・
地震と直接関係ない関西地方でも商品が無いと言うんだから、
人間の心理って不思議だよね。
不安になる気持ちはわかるが・・

とうとうテレビやCMでも、買い溜めはやめようとアナウンスが流れるようになった。

「それって必要ですか?」
「買い溜めるのはやめよう」

我が家では、食品庫にそれなりの保存があったから、
食べ物に困るということはありませんでしたよ。

でも地震から3週間経った今でも、水はなかなか手に入らない・・
放射能汚染を心配する人が多いから。

賞味期限の問題はあるけど、
ある程度の備蓄は必要。
改めて保存食や緊急避難用は考えておくべきですね。


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投稿者: ラファエル 日時: 2011年04月01日 17:13 |

2011年03月31日

サヨナラ保育園・・2

サヨナラ保育園2

ついに3年半の慣れ親しんだ保育園に別れを告げる時が来ました。
同じ年齢の園児は17人、
仲の善し悪しは当然あるにしても、お別れはやはり寂しいでしょう。

「あと◯日? 寂しいな・・」

と、この一ヶ月、カウントダウンしていたまる子。
途中、東日本大震災で、一週間ほど休みを余儀なくされましたが・・

でも、その寂しさ半分、次の幼稚園のワクワクが半分。
これを一つのステップにして、一歩成長してくれることを願っています。

最後は、
明るくバイバイ・・さすが、まる子!!

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投稿者: ラファエル 日時: 2011年03月31日 18:09 |

サヨナラ保育園・・

実は、本日で、保育園を退園いたします。
この四月から地元の幼稚園に入園するためです。

まる子は、1才半から約三年半お世話になりました。
家庭の事情とはいえ、最初は、
こんなに早く預けるのは可哀想だと思いました。
まだ言葉もしっかりしていなくて、自己主張も出来ず、
泣いている姿を見ると、さすがにこちらも哀しくなりました。

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登園最初の日、園庭に入って保育園を見渡す、まる子

でも、だんだん、送って行っても、振り向きもせずに
教室に入って行く後姿を見て、安心しながらも、
それはそれで寂しいものでした。

おしゃべりも出来るようになり、
友だちとも仲良く遊ぶようになり、
日に日に笑顔が多くなって来て、
お遊戯したり、運動会に盆踊り大会と、
嬉しそうに行事を行う姿がいい想い出です。

一番は・・・
やっぱり震災の日のことですかね。

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2才の時の夏祭り


本人はこの保育園時代のことを忘れてしまうでしょうけど、
このブログで記録したことを大きくなってから読み返してくれればなと思います。

先生方には感謝です。

さて、最後の一日、どんな風に過ごすのかな・・・

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投稿者: ラファエル 日時: 2011年03月31日 05:14 |

2011年03月30日

断水は困った・・

まる子へ・・


電気は震災の翌日に復旧したけれど、
断水は17日間続いたよ。

市内のいたるところで、上下水道が破壊されて、復旧に時間がかかりました。
電気もそうだけど、水が無い生活もまた困る。

ウチには井戸もあるんだけど、今回の地震で出なくなってしまった。
井戸水が枯れたのか、くみ上げるパイプが壊れたのか、
理由はわからないけど、これは痛かったな・・・

水がないと、まず飲み水に困ります。
洗濯も出来ないし、風呂にも入れない。
食器も洗えないし、トイレも流せない。


市内に4カ所給水所が出来ましたが、そこから毎日20リットルもらって来ました。
そのほとんどをトイレ用に使い、あとは簡単な洗いもの。
食器は紙製のモノを使ってました。

幸いにも、ペットボトルの水が多くあったのと、親戚から送ってもらったもので、
飲料用としては困らなかった。

洗濯はまとめて、叔父さんのところでやらせてもらい、
風呂は友人やおじいちゃんのところ、親戚のところを2~3日に一度借りていました。

まる子、あなたはそれが楽しくて楽しくて、

「今日は誰のところへ行くの?」

ってウキウキだったね。

一度は市内の健康センターの浴場へ。
温泉みたいと、喜んでいました。

たまにはいいけど、2週間を越えてくると、やはり借りるのは気が引ける。


Water.jpg


今日は、地震発生から20日だけど、まだまだ水圧が弱い。
被災地や避難所では、不便な生活がまだまだ続く・・・
それを考えると水が使えることがとてもありがたい。

今まで、相当に無駄に流していたことに気づきます。
やっぱり水は大切だよね・・・まる子。


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投稿者: ラファエル 日時: 2011年03月30日 10:24 |

2011年03月29日

電気の大切さを考える

まる子へ・・・


震災の翌日まで、停電は続きました。
でも、その朝、電気が復旧したのには、有難かったですね。
すぐさま、テレビをつけて、現状確認です。

電気が長時間使えないことで、一番困ったのは、
冷蔵庫の冷凍食品です。
解けちゃって使い物にならなくなってしまうからです。今回は無事でしたが・・

それと、ウチはオール電化なので、
風呂も調理も、暖房も、まったく使えなくなります。
お湯も沸かせない・・・

まぁ、風呂と調理は、水が使えなくなれば電気が通ってもダメだけどね。
幸いにも、LPガスは持っていたので、今回はそれでお湯を沸かしました。


パソコンもネットにつながらない。
(お父さんは秘密兵器があるから大丈夫だったけど)

もちろん、テレビも見られないし、
予約しておいた番組も録画出来ない・・・
もっとも、震災特番で、全てのドラマや番組は休止になったけどね。


ちょっとビックリしたのは、電気を使っている電話機が、
通話機能だけは保たれていたということ。

停電でも電話は使える。
停電の中で電話が鳴った時はちょっと驚いた・・・
ただし、留守電機能などは使えないけど・・


いかに生活が電気に依存していたかということを、改めて痛感した。


今回の大震災で、
福島原発をはじめとした発電所の稼動停止により、
電力不足という危機に直面しています。

計画停電と言って、
関東地方を地区分けして順番に強制的に停電させるという荒技に出た。
これもいたしかたないか・・・

ただね、その第一回目の計画停電実施が、まる子が住んでいるこの地区だったんだよ。
被害が大きいにもかかわらずね。
夕方から2時間程度、電気が止まっていたかな・・・

翌日、茨城県知事が抗議して、茨城県は計画停電の対象外になったけど・・・

6.23up.jpg


日本の電気事情は転換期を迎えることになると思います。
まる子がこれを読む頃、例えば10年後、
日本の電気事情はどうなっている?

電気のなかった昔の文化を取入れるのか?
全く新しい進化を遂げるのか?

不安でもあり、楽しみでもあり・・・

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投稿者: ラファエル 日時: 2011年03月29日 11:46 |

2011年03月28日

大地震の日の夜

まる子へ・・


地震発生から5時間、夜になりました。

いつもと違うのは、蛍光灯の代わりにロウソクが灯っていることと、
いつでも外へ出られるように、雨戸シャッターを下ろさず、
ガラス戸も鍵をかけないでいることでした。

考えれば、1995年の阪神淡路大震災は明け方です。
暗くて何の余裕も無い時に起こった地震、
それを思うと、私たちはまだ良い方なのかも・・・

比べること自体おかしいことなのですが、そんなことも思いました。

さすがNHKラジオ放送、冷静に淡々と状況を知らせてくれます。
ただ、哀しいかなテレビで育った私には、目から入ってくる映像がないと
イマイチ状況が、ピンとこないのです。

そんなとき、お母さんが・・・

「車のテレビは映るんじゃない?」

そうか、その手があったか・・・
今は車にもモニターがあるから、ニュースが見られる良い時代です。

その画面から映し出されるのは
地震と津波で壊滅的被害を受けただろうと伝える安全帽をかぶったキャスターと
被災地の空撮映像でした。

「ここまでヒドいのか・・・」

それは大きな余震が続いていることでも実感出来ました。

「この先、どうなるのかな? 明日にはなんとかなるのかな?」

空虚感でいっぱいの頭に浮かんだのは、

「まる子のために、せめて家の中は、落ち着いて楽しく過ごそう」

そんなことでした。

その晩は、2階の寝室ではなく、1階の居間で布団を並べて、
すぐに庭へ出られるように窓の鍵を開けたまま寝たのでした・・

とはいってもね、休むヒマ無く余震が来るので、寝てはいられなかったけどね。
あなたは余震におびえながらも、いつもと違う夜が楽しそうでしたよ。

あたりは停電だから、星空がいつもより綺麗な気がする・・・

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投稿者: ラファエル 日時: 2011年03月28日 16:51 |

2011年03月27日

停電と断水と、そして余震

まる子へ・・

最初の地震発生から40分ほどたったころ、
お父さんとまる子は自宅に帰って来ました。

当然だけど、あの地震の影響で、停電に断水。
携帯電話も不通で、お母さんとも連絡が取れなかった・・

何度も来る余震を気にしながら二人でお母さんを待っていましたね。
2時間後の夕方5時過ぎになんとか戻って来たおかあさん。

しかし、震源近くの東北地方や福島原発が、あれほどヒドいことになっていようとは・・
その時はまったく予想もしていませんでした。
情報が無いというのは怖いものです。

ライフラインの寸断は、すぐには復旧しないだろうと思い、
とりあえず、夜に備えて水とロウソクと懐中電灯とラジオを、居間に集めました。
まだまだ寒い日が続いていたので、
使っていなかった灯油ストーブを出して来たり・・

まる子は保育園で習った通り、余震の度にテーブルの下へいち早く潜る。
でもホントの不安はその夜でした。

真っ暗な夜。

ロウソクの明かりとラジオのニュースの声、そして繰り返される余震。
台風の時とは違う、今までに無い緊張と不安。
この年齢で経験するとは思いませんでした。


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投稿者: ラファエル 日時: 2011年03月27日 16:41 |

2011年03月25日

まる子を迎えに保育園へ

まる子へ・・

地震発生から15分後、保育園に着いてみると、
子どもたちと先生は園庭に待避してしゃがんでいました。
みんな無事で、大声で泣いている子は少なかったけど、
どちらかというと放心状態といった感じでした。

園庭は地割れが起きていたり、液状化現象で水たまりが出来ていたり、
未だ細かな余震も繰り返されていました。

私をみつけたあなたは、泣きながら歩み寄って来て私にしがみつきました。
恐怖で震えていました。

「大丈夫だよ!!」

お父さんにはそれしか言えませんでした。

まだ他の父兄は迎えに来ていないようでしたが、
園長先生や主任先生たちと、現状を確認しながら、
何か出来ることはないかと様子をうかがっていると、
また大きなゆれが・・

まる子を抱っこしていた私も、さすがに立っていられず、
しゃがみこんでしまいました。

保育園の地盤のせいか、最初の地震より揺れが大きく感じました。
グルグルと大地が渦巻いているように動き、
本当に地球が壊れるのではないかというほどでした。

平静を装ってはいるものの、大丈夫なのかどうかもわからない、
園児のみんなにも
「大丈夫だよ!!」
としか声がかけられませんでした。

このままで、家に帰り着くことが出来るのかという状況だったし、
携帯電話はまったく通じないから、
出かけているお母さんとも連絡が取れない。
お母さんは大丈夫なんだろうかということを考えながら、
まる子と二人で家路についたのでした・・

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投稿者: ラファエル 日時: 2011年03月25日 13:49 |

2011年03月24日

地震が起こったその時、お父さんは・・

まる子へ・・

その時、お父さんはパソコンで仕事をしていました。

ゆっくり家が揺れ出し、徐々に強くなっていきました。
かなり長い揺れ・・

「いつもと違う!!」

そう思ってドアを明けて様子をうかがっていると、
益々激しく揺れて来ました。

さすがに家を飛び出し、庭に出てみると、
今までに経験したことが無い大きな揺れ。

やがて母屋の屋根瓦がバラバラと落ち出し、

「あぁ、家が壊れるな・・・」と思いながらも

なぜか冷静に様子を見ている自分がいました。

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「保育園のまる子はどうしているだろう?」

「保育園はけっこう古い建物だから、倒壊していないだろうか?」

やがて地震がおさまると、とにかく保育園へ向いました。

途中、道路からは水が溢れ出し、家々の瓦は崩れ落ち、
道路が割れて段差がうまれ、
倒れかかった電柱もありました。

鹿嶋臨海工業地帯からは大きな煙が上がっていて、
異様な雰囲気が辺り一面を覆っていました。

保育園に向かう車中で聴いたラジオからは、
震源が岩手・宮城の沖合だということと、
マグネチュード7を越えていること、
そして津波警報が出ていることがわかりました。


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投稿者: ラファエル 日時: 2011年03月24日 14:55 |

2011年03月23日

大きくなったまる子への手紙

今はまだ4歳半のまる子だけど、何歳になった時か、この日記を読んでくれたら、小さい頃、どんなことをして、どんなことがあったのか、少しは知ることが出来るでしょう。

それまで、お父さんは日記を書いて行きます。

もともとこのブログは仕事のこと以上に、まる子のことを書いて来たけど、今回、東北地方で大きな地震が発生して、大きな被害をもたらし、それをお父さんもまる子も体験しました。
きっとこれから、社会科、歴史の時間で勉強するかもしれないけど、その体験したことを詳しく残していおきたいと思います。

今日は地震が発生してから13日目です。
未だに私たちが住んでいるところは断水で、水が使えません。食べるものと電気は使えるけど、やっぱり水が無いと、生活は困ってしまいます。


さて、地震が起こったのは2011年3月11日、午後2時46分、東北地方太平洋沖でマグニチュード 9.0 を記録しました。それまでM7という地震でも大災害が起こって来ましたが、M9という信じられない規模の地震が起こったんです。

この地震で多くの地域で被害が起こり、さらには6メートルを越す大きな津波が起こり、多くの犠牲者が出ました。

その時、お父さんは自宅兼会社で仕事をしていました。
お母さんは、たまたま仕事を休んで出かけていました。
まる子、あなたは、保育園でみんなと遊んで、そろそろおやつの時間という頃でした。

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投稿者: ラファエル 日時: 2011年03月23日 13:38 |

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